桜が舞い散る。
電車の窓から時折見える公園や街路樹の間に、緑に混じってピンクの花弁が目立つ。
まるで春が来た事を祝うような紙吹雪みたいだ。
何となく心が浮き足立ち、心が弾むこの季節。
寒い冬を乗り越え花開いた桜のように、オレは大学一年生になった。
『次は〇〇駅―…』
車内放送が到着地を告げた。
ここで新たに始まる生活。
大きめのスポーツバックを肩に担ぎ上げ、ドアに近付く。
備え付けの棒を掴みながらスピードを落とす電車の揺れに身体のバランスをとった。
駅名が見えてきた。電車はゆっくりとプラットホームに滑り込み停まった。
心が逸る。
『プシュッ』と音が響いてドアがスライドすると、春の穏やかな陽気が流れ込んできた。
その香りに誘われるように足を一歩踏み出した。
大学の敷地内にこれからお世話になる寮がある。
実家から通えない距離ではないが、自立したかった事も含め入寮を決心した。
これから始まる野球部の練習を考えると、寮に住んだ方が得策なのだ。
家からチャリと電車と徒歩を合わせると一時間半。往復三時間。練習で疲れて、そんなに通学に時間をかけるくらいなら寝てたい。
こっちが本音なんだけど…
寮は4階建ての歴史を感じる古いビル。
玄関を入るとすぐ横に受付らしい小さな窓があった。中を覗くと寮母さんらしい恰幅のいい、母親と同い年くらいの女性が忙しなく働いていた。
「花井君ね。寮母の佐伯です。よろしく。はい、これ鍵と寮の規約。よく目を通しておいてね。407号室よ」
寮母の佐伯さんは忙しいのか、捲し立てるように鍵と紙を差し出してきた。
「あ、はい!よろしくお願いします」
元気に答えてお辞儀をすると、寮母さんはニッコリと笑って会釈を返してくる。笑うとお多福みたいで可愛い。いい人そうで良かった。
規約の内容を確認しつつ廊下を進む。
朝食、夕食共に6~8時、入浴は6~10時。周りの人に迷惑を掛けないように節度を持って…ふむふむ。
突き当たると階段になっていた。エレベーターは…ないらしい。
一年は足腰鍛えろってことか。
「…ふんっ!」
気合を入れて重たい荷物を抱える。
受験のセイか、身体がなまってやがる。さっさと片付けて走りに行こう。
たいした荷物もないし…と今日の計画を立てながらようやく4階に辿り着いた。
407号室は…あった、角部屋か。
こりゃラッキーだな、眺めが良さそうだ。
ドアを開けようとして向こうで人の気配がするのを感じた。新居を片付けているのか、ガサガサと物を運ぶ音が聞こえる。
同室のヤツはもうすでに来ていたのか。
…はたしてどんなヤツだろう。これから3年間ずっと顔を突き合わせるのだ。気の合う人間であって欲しい。
なぜ3年なのかと言うと、ここの寮のしきたりで4年生になってやっと個室を貰えるからなのだ。
最初が肝心だよな。
「―――ふぅ」
息を整えてドアをノックした。
「おう!空いてるぞ―」
元気な声だな。明るい感じのヤツらしい。やはり一緒に住むなら暗いより明るい方がいい。
ちょっとホッとしてドアを開けると、窓辺にいた同居人がこっちをジッと見ていた。
顔が逆光でよく見えない。
「遅かったじゃん」
「…え?」
「オレ左側のベッドもらったぞ。早いもの勝ちな♪」
…聞き慣れた声。
おいおいおいおい…
がっくりと力が抜けうな垂れてしまった。
なんのかのと緊張していたらしい身体が一気に脱力する。
これから3年間寝食を共にする同居人は、高校三年間ほぼ毎日のように一緒にいたチームメイト。
田島悠一郎だった。
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