ファンタスティックな恋の行方③ 阿部X三橋

 

家に帰り着いて、ドアをそーっと開けた。

よし。お母さんは台所だ。

オレは阿部君を抱き上げて、そっと靴を脱ぐ。

「お、おいっ…」

阿部君が腕の中でジタバタした。

「しっ。足音で見つかっちゃうよ」

そう言うと、憮然としながら大人しくなった。

犬とはいえ、阿部君を抱っこするってヘンなカンジ。

抜き足差し足で二階へ上がろうとすると、

「おかえり、廉」と後ろから声がした。

ビクーッ!

お母さんは洗面所にいたのか…

「帰って来たら声くらいかけて…何、その犬?」

うあッ!やば。見つかっちゃった…

「あ、お、お母さ…」

「どこで拾って来たの?」

「か、飼いたいんだ!」

オレは阿部君を抱きしめて訴えた。

「こ、この犬、そこに捨てられてて…かわいそうで…で、でもって!かわいいでしょ!」

お母さんは半信半疑でジッと犬を見つめた。

「あなた犬苦手じゃなかった?」

ギクッ!

「へ、へーキ、だよ!」

嘯くオレにお母さんは溜め息を吐く。

「でも世話するの大変だし」

「だ、ダイジョブ!カシコいんだよ!この犬」

もー必死なオレ。

阿部君を床に下ろして、正面を向いてしゃがんで手を差し出す。

「お手」

「えっ!?」

阿部君は驚いて声を出してしまった。

「今、何か…」

お母さんが近づいて来る。

「いや、オレが今、お手えっって…ほ、ほらっ!お手だよ、お手ええっ!」

「―――・・・」

渋々阿部君がオレの手の上に前足を乗せた。

「――あら、もうそんなこと出来るの?」

お母さんが興味を持ったみたいだ。

やった!あとひと押し!

「おかわりっ!」

そう言うと、阿部君はムッとしながら逆の足をオレの手の平に乗せる。

ご、ごめんね、阿部君…こんなことさせて…

すると、今度はお母さんが横から口を挟んだ。

「待て」

阿部君は素直に前足を揃える。

「あら、本当にかわいいわ」

「で、でしょ!」

「じゃあ…」

お母さんは楽しそうに次を考えている。

「チンチン!」

えっ!?

『プチッ』阿部君の頭の中が切れた音が聞こえた気がする。

「んなこと出来るか!!」

「えッ!?」

お母さんが阿部君を凝視してる。

う、うあ~~っ!オレは慌てて阿部君を抱えて口を押さえた。

「ん、んなことできるか!だよ。下品っ!」

そのまま逃げるように二階へ駆け上がった。

 

 

「そもそもの始まりは、アイに噛まれたからだよな」

「うん」

阿部君はオレのベッドに鎮座して、ことの成り行きを分析し始めた。

オレは床に正座してそれを聞いている。

「それで、オメ―がその傷を舐めたら、傷が塞がって…」

阿部君はそこで言葉を止めた。

そうだ。そしたら阿部君が、阿部君じゃなくなって。

ヘンに優しくなって、それで、急にオレに…

そこまで考えて、オレは真っ赤になってしまった。

オレ、阿部君と、キス、したんだ。

びっくりしたけど…でも…

「…聞くけどよ」

阿部君が気まずそうに口を開いた。

「は、はいっ!?」

うあ!声がうわずっちゃ、た…

「…オレ、オメ―になんかしたか?」

「う、…え?」

なんかって…

うそっ!

「お、覚えて、ない の!?」

オレの勢いに阿部君はフイと目を逸らした。

「…朧気、だけどな」

「オボロゲ…?」

「なんか、こう。夢でも見てるような感じなんだよ!自分がなにやるか予測がつかない、…つーか」

「…そーなんだ」

やっぱり、あれは阿部君の意思じゃなかったんだ。

…あれ?オレはなんでがっかりしてるんだろう…

え、え?なんで?

「とにかく。明日アイを捕まえて、また噛ませてみよう。そしたら元に戻るかもしんねー」

「…うん」

阿部君が結論を述べて、今日はとりあえず寝ることにした。

 

 

なんか、身体が、動かない。

寝返りを打ちたいけど、まるで拘束されたように、手足が固まってる…

もしかして、これが。金縛り…?

うあ…は、初めて、だ。

苦しい。だれか、助け…

「大丈夫か?」

耳元で阿部君の声がした。

「―――え?」

目の前には阿部君の心配そうな顔。

「…うん、だいじょぶ…」

え!?

「阿部君!」

近くにある阿部君の顔は、人間だった。

「元に戻ったの?」

「ああ、さっきな」

阿部君が爽やかにニッコリと笑った。

―――この笑い方は…

「続きしよーぜ」

そう言ってオレの髪を優しく梳いて、顔を近づけてきた。

やっぱりっっ!!オボロゲバージョンだ~~~!

「つ、つづき、って…んもっ…」

また口を塞がれた。抵抗しようにも、両手は阿部君に押さえられてて、組み敷かれるようになってた。

だ、だから動けなかったんだ。

――じゃあなくて!

人間に戻るとこの阿部君で、犬だと元の阿部君に戻る…いったいどーゆーこと…

素肌に感じる、阿部君の肌。

おれ、いつの間に服、脱いで…

もしかして、阿部君が脱がせたの???

「んんっ!んーーー!」

また阿部君の舌がオレを翻弄し始める。

ダメ、だ…抵抗、しなきゃ。

でも阿部君とのキスは気持ち良すぎて、頭から思考が飛んで行く…

気持ちとは裏腹にどんどん熱くなっていく身体。

唇をようやく解放され、荒く息を吐いた。

と、阿部君の唇はオレの耳元へと移動し、耳たぶ、ウナジと舐め上げられた。

ぞくん、と背中から震えがくる。

「三橋――かわいい」

耳元で阿部君が囁く。

か、かわいいって…胸の中で何かがチリっと鳴った。

本物の阿部君は、そんなこと、絶対に言わない。

「好きだぜ、三橋」

緩い吐息と共に、阿部君が再び甘く囁いた。

―――好き?

阿部君が、オレを、好き?

オボロゲ、なのに?

もって行かれそうだった思考が、その言葉に引き戻される。

胸の中のチリチリがだんだん大きくなってきた。

また唇を塞がれそうになって、オレは思わず呟いた。

「…い、や だ」

チリチリはやがて痛みに変わる。

阿部君の動きが止まった。

「ヤ…」

痛みが胸を襲い、苦しくなって喉を伝う。目頭が熱くなって、涙が零れた。

「やめ、てよ」

「み、はし?」

阿部君が顔を上げて、オレを正面から見つめた。

「こんな…のは、いやだ」

阿部君の顔が歪む。

「う~~~…」

ボロボロと涙を流すオレに、阿部君は途方に暮れたように戸惑っていた。

「う、っく…本物じゃない、阿部君に、言わ れるのは、いやだ…」

そうだ。

オレは、オレは…

「キス、されるのも、その先も…本物の 阿部君が、いい」

その瞬間。

「う、はっ…!」

阿部君が唸って、全身をまるで痺れるように震わせた。

「あ、阿部君!」

また犬になっちゃうの!?

オレは思わず阿部君を抱きしめた。

「や!やだ!阿部君、犬になっちゃ、やだ!」

阿部君が腕の中で震え続ける。

「阿部君っ!」

神様!阿部君を元に戻して!

オレは祈りながら阿部君を強く抱き竦めた。

だんだんと阿部君の震えが小さくなり、

「う、うぅ…うあっ!」叫んだ後、やがて止まった。

「あ、べ君…?」

抱き締めた阿部君は、人間のまま。

―――ほっ。息を吐いて安心した。

よかった~~!

オレは阿部君の髪に顔を埋めて、頬ずりをした。

「…う」

気がついたのか、阿部君が呻いて頭を揺らす。

「…痛てて…」

はっ、これは……どっちの阿部君だろう…

どうか、元の阿部君に戻っていて…祈る気持ちで阿部君を見つめた。

阿部君が頭を上げて、ギョッとする。

「うあっ!三橋!?」

至近距離にいたオレに驚いたみたいだ。ガバッと起き上がり、オレの姿を見てさらにギョッとする。

「オメ―、な、なんで裸なんだ!?」

その顔と行動に確信した。

…これは、きっと…本物の阿部君だ。

自分の姿を見下ろして、さらに驚いている。

「オレもかよっ!?なんで……」

しばらく何かを考えて、オボロゲに思い出したのか、

「あっ!」

と叫んで頭を抱えた。

「…マジかよ―――っ!」

オレはそんな様子を見ながら、また涙が出てきた。

今度は辛い涙じゃなく、嬉しい涙。

目の前にいるのは、本当の、本物の阿部君、だ…

「つか、なんで、泣いてんだよ!?」

困ったように阿部君が怒鳴る。ビクン、とするけど、前ほど怖くない。

「へ、へへ…」

涙を流しながら笑うと、

「泣くか笑うか、どっちかにしろ!」

また怒鳴られた。

「ひ…ひっく、ひひひ…」

気持ち悪く泣き笑うオレに、阿部君は眉を寄せて呆れたように笑った。

「―――っとに、オメ―は…」

阿部君がベッドに座り直すのにつられるようにオレも目の前に座る。

二人とも裸のまま、お互いの顔を見つめあった。

うあ、なんかドキドキする。

気づいてしまった、オレの気持ち。

やっぱり、阿部君は、阿部くんのままが一番だ。

乱暴だけど、怒鳴るけど、オレはこの阿部君が、一番好きだ。

「…悪かったな」

不意に阿部君が口を開いた。

「え?」

「オレがやったんだろ?」

「う…」

…そーだけど。

オレは小さく首を振った。

「でも、あれは…阿部君の、意思じゃない し…」

オレの言葉に、阿部君は手の平で口を押さえてなんか言い淀んでいる。

「―――オレなんだよ」

「え?」

「オレの!本能なんだよ!」

阿部君が真っ赤になって叫んだ。

阿部君の、本能…?

「…だからっ!」

きょとんと見返すオレの腕を、阿部君がイラついたように掴んだ。

その先を言おうとして口を開いたまま、オレを見つめてくる。

「…ふっ」

ちょっと笑うと、オレの腕を引っ張り抱き寄せた。

「え、あ べく…」

言葉が阿部君の唇に吸い込まれる。

唇を合わせるだけのキス。

え?うそっ!

これは本物の阿部君、だよね…?

な、なんで、オレにキス…

本能、って…

阿部君の素肌と唇を感じる。

う、あ。本物の阿部君との、キス、だ。

ごちゃごちゃ考えるのを止めて、オレは静かに目を閉じた。

さっきよりは直情的ではないけれど、気持ちの中からほわんと広がって、身体がふわふわとしてくる。

しばらくしたら、ゆっくりと唇が離れていった。

ぼんやりと阿部君を見つめる。

「…好き、だよ。阿部君…」

思わず言ってしまった。

阿部君は眉を顰めてムッとする。

「先に言うなよ、オメ―・・・」

言いながらギュッと抱きしめられた。

「好きだぜ」

耳元でボソッと、照れたような声が聞こえた。

背中に腕を回し、お互い抱きしめ合ってほんわりと幸せを感じる。

阿部君がポツリと呟いた。

「このままやりてーけど、時間切れだ」

「え?」

阿部君が身体を放すと、急に無くなった温もりが寂しい。

そんなオレの顔を見て、阿部君はニヤリと笑うとチュッとほっぺたに軽くキスしてきた。

う、おお…なんか、あの阿部君みたいだ。

……いや、本能の阿部君はこうなのかな?

「続きは今度な。朝練行くぞ」

「え…あっ!」

時計を見ると、もう起きなきゃいけない時間をとっくに過ぎてる。

外はもうすでに明るかった。

オレが急いでベッドを降り、散らかっていたパンツを履いていると、

「痛っ…」

後ろで阿部君が唸った。

「え、どうし…」

振り返ると阿部君は内モモの、アイちゃんに噛まれた所を押さえていた。

ソコにはくっきりとした歯型。

元に戻ってる…

阿部君とオレは見つめ合って吹きだした。

「アイツこそなんか能力あんじゃねえ?」

「…うん、かも…」

今度皆に教えてみようか。

田島君とか大喜びで試しそうだ、な。

「ちゃんと消毒しとかないとな」

阿部君がニッと笑う。

オレが思わず舌を出すのに、阿部君が笑顔を引っ込め、口をあんぐりと開けた。

はっ!オレ、今、なにを…

慌てて引っ込めると、阿部君が破顔する。

「やめとけ。本当のオレとその先をしたいんだろ?」

え?阿部君覚えて…

オレが真っ赤になって絶句すると、阿部君は肩を揺らして笑っていた。

 

 

オレと阿部君が連れ立ってグラウンドに現れると、皆がドヨめいた。

田島君が言うには、昨日のコンビニの一件でオレ達は出来上がった。という説に落ち着いたらしい。

本当は違うんだけど、おんなじだからまーいーや、かな?

ベンチで着替えていると、監督とアイちゃんがやって来た。

オレは迷いもなくアイちゃんに近付いた。

「おは、よ。アイちゃん」

すんなりと手を伸ばして頭を撫でると、アイちゃんにも皆にも驚かれた。

阿部君だけがニヤついている。

『ありがと。アイちゃんのおかげ、だよ』

心の中でそっとお礼を言う。

阿部君には内緒だけど、ね。

 

終り