練習後。
みんなでいつものようにコンビニに寄る。
でもいつもと雰囲気が違っていた。
みんなが阿部君の様子を遠巻きに観察しているからだ。
「三橋」
「…は?えっ?」
呼ばれて驚くと、田島君がガシッと肩を掴んできた。
「なんかあったのか?」
珍しくマジメな声音。
田島君はカンが鋭いから、なんか気づいてるみたいだ。
「なんかって…」
どう説明すればいいんだ。
「…う、あの…」
俯いて言葉を探す、が、見つからない。
「三橋!」
と、阿部君がオレを呼んだ。
「何買うんだ?」
キツイ口調。
え?あ…元の言い方だ。
も、戻ったのかな?
「う、うんっ!」
オレは田島君の手を振りほどき、慌てて阿部君に駆け寄った。
でもわずかな喜びは、次の阿部君の行動に打ち消された。
阿部君はフワリとオレの肩を抱いてニッコリと笑い、
「何でも好きなの選びな。買ってやるから」
そしてあっけに取られている田島君を睨みつけ、オレの肩に置かれた手に力を込めた。
な、なんか、これって…
「え、と…オレ、じ ぶん で…」
「遠慮すんなって」
「だって、ワルイ し…」
「―――」
阿部君が黙り込んでしまった。
はっ!怒られる!
オレは阿部君の顔を恐る恐る見上げた。
でも阿部君は怒るどころか、フッと笑ってオレの髪を優しく掻き回した。
「三橋はケンキョだな~」
「!?」
逆に身体が硬直してしまった。
やっぱり、阿部君じゃないよおぉ…オ、オレのセイで阿部君が…阿部君じゃなくなってる…
周りにいた皆も目を点にしてこっちをジッと見てる。
「あ、阿部君!」
「うん?」
「は、話が…かっ、かえ…」
焦ってうまく言葉にならない。
「―――落ち着け。ゆっくりでいいから」
阿部君が笑いながらオレの顔を覗き込んでくる。
こんなのは阿部君じゃない…阿部君はこんなこと言わない。
でもその言葉にホッとして、息を整えた。
「話、ある から、帰ろう。阿部 君!」
オレの決死の意見に阿部君は一瞬真顔になり、パッと嬉しそうに笑った。
…うあ。な、なんか、この阿部君は、笑顔の大安売りみたいだ。
思わず赤くなって俯いてしまう。
…喜ぶな、オレ!これはいつもの阿部君じゃないんだ。
「みーはーし?」
阿部君が楽しそうにオレを呼んだ。
「はっ…」
頭を上げると阿部君の顔が間近にあった。
「あっ!」
「おいっ、阿部…!」
皆の叫ぶ声がコンビニの店内に響く。
一瞬、自分の身に何が起こったのか、理解出来なかった。
ほっぺたにザラリとした感触。
い、ま…の。
舐めた、よね?
あ、阿部君がオレのほっぺた…
ボー然としていると、阿部君はニッと笑って舌を出した。
「お前、かわいーんだもんよ」
~~~~~~~!!
ぜ…、ぜっっっっったいにおかしいっ!!
オレの雑菌が阿部君をヘンにしちゃったよ―――――っ!!
どうしていいか分からずに、オレは阿部君を置き去りにして店を飛び出した。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…
阿部君が、阿部君が、阿部君が…
オレのセイで…
オレは必死でチャリのペダルを踏み続けた。
「うっ…」
なんでか分からないけど、涙が出てくる。
「ひっ、ううぅ…」
阿部君、ごめん…なさい…
涙で前が見えなくなる。
はっ!このままじゃケガする。阿部君に怒られる!
チャリのスピードを緩めて立ち止まった。
…でも、今の阿部君はオレに怒ってくれるだろうか。
そこまで考えたらまた涙が溢れてきた。
グシュグシュと泣いていたら、
「三橋っ!」
後ろから阿部君の声がした。振り返ると、ものスゴいスピードでこっちに走って来てる。
あ、オレ…一緒に帰ろうって言ってたのに、置いてきちゃってたんだ。
「誰に泣かされたんだ――!?」
阿部君はオレのそばまで来て止まると、スゴい勢いで怒った。
「痴漢かっ!変質者かっ!」
怒鳴りながら周りをキョロキョロ見回している。
「え、ちが…っ」
「なんもされてねーだろーなっ!?」
その勢いにコクコク頷くと、阿部君はホッとしたように息を吐いた。
その様子に頭の中を何かが掠めた。
「じゃあ、何を泣いてたんだよ?」
言いながら阿部君はオレのほっぺたの涙を親指で拭う。
ひえっ!またヘンなこと…
ビクッと跳ねるが、思い直した。
……この阿部君ならやりそうなことだし…
そのままほっとくことにした。
顔を触ってくる阿部君の指が気持ちいい…
「…う、ん」
「うんじゃわかんねーよ」
心配そうに見つめられる瞳。オレはジッとその眼を見返した。
そういえば。
阿部君はいつもオレのことをこうゆう目で見てる。
心配をしてくれてる。大事にしてくれてる。
…本質は変わってない。
表現がおかしいだけで、阿部君は、阿部君だ。
「―――三橋?」
「いつも、ありがとう…阿部 君」
そう言ってニカッと笑うと、阿部君は驚いた顔をした。
なぜか阿部君は真っ赤になって目を逸らす。
「オメー、フイウチ」
ボソッと呟いて、いきなり唇をペロンッと舐められた。
う、えっ??
今、なに…して…
硬直したオレにニヤリとして、ゆっくりと唇を重ねてくる。
えっ、なんで…なん、で…オレ、阿部君にキス、されてんの…?
パニックを起こした頭はどうする事も出来ずに、オレは阿部君にされるがままだった。
阿部君の舌が、オレの歯の間を割って入ってくる。
その感触に身震いがした。
阿部君の舌がオレのを捕まえて、絡め獲られる。
奥歯までなぞられて口蓋を擦られた。
何度も行き来する柔らかい動きに、今まで感じたことの無い感覚が背中から這い上がってくる。
オレは思わず阿部君の腕にしがみ付いた。
知らずに零した唾液がアゴを伝って落ちる。
「―――ぅ…ふ」
知らずに溢れる声。
阿部君の舌はオレの咽喉の奥まで侵入してきた。
う、苦しい…
阿部君の舌…長い…
限界まで来たころを見計らって解放され、口蓋を擦られる。
それを繰り返されるうちに、段々と身体がムズ痒くなってきた。
阿部君が一旦唇を離す。
「…はっ」息を吐く。
ボンヤリと見える阿部君の顔は、笑っていた。
「あ、べく…う、ぐっ!」
また唇を奪われた。さっきとは違って、舌の動きが激しくなる。
オレはその動きに付いていくのがやっとだった。
なんか…身体が…下半身が熱を持ってくるのを感じた。
それに気付いたのか、阿部君がニヤリと笑った気がした。
ソコを、オレの熱を帯びた下半身を、阿部君は足で軽く擦る。
「―――う、あっ!」
思わず漏れた声に呼応するように更に強く押してきた。
急な刺激に身体が反応する。
「ん、んん…っ」
阿部君の唇で抑えられた口は、うまく声を出せない。
阿部君はオレの反応を楽しんでいるかのように、強弱をつけてオレを翻弄し始める。
初めての感覚にオレは気がヘンになりそうだった。
と。
いきなり身体を解放された。
「……え?」
突然の浮遊感に身体がついていけない。
すがり付いていた阿部君の身体がなくなり、オレは地べたに座り込んでしまう。
てゆーか、立っていられなかった。
「…あ、べ君…?」
目の前の阿部君は、しゃがみこんで頭を抱え、
「う、うぅ…」
と苦しそうに呻き声を上げていた。
「ど、どうした、の?」
動きたいけど、さっきまでの刺激で身体が言うことをきかない。
オレはなんとか這いつくばって阿部君に近付く。
苦しそう…大丈夫なんだろうか…
ふと、さっきまで暗かった空が、次第に明るくなってきた。
雲に隠れていた月が出てきたんだ。
阿部君を心配しながら頭の片隅でそう思っていると、呻き声は益々激しさを増す。
「阿部君…!?」
「う、うあっ!」
一際大きな声を上げて阿部君が倒れ込んだ。
「阿部君っ!」
ど、どうしよう…どうしたら…
すると、触れようとした身体がぐにゃり、と歪み形を変えていく。
阿部君の身体はしゅううううぅ…と小さくなり、着ていた服だけが抜け殻のように残った。
「えッ…あ、べ、くん…?」
阿部君が…消えた!?
「阿部君!阿部君っ!!」
抜け殻に向かって叫ぶが、返事がない。
ホントに、消えちゃったの!?阿部君!
目の前で起きた信じられない出来事に、オレはただボー然とするだけだった。
さっきまで、キス、してて…唇も、腕の感触もまだ消えてないのに。
しかも、その意味も解らないまま…
「…う」
また涙が溢れてきた。
オレは阿部君の抜け殻を握り締めて嗚咽を漏らした。
「ひっ…う、ううう…」
な、んで…いきなり、こんなことに…
阿部君が、消えてしまった。
阿部君…阿部君…
「何また泣いてんだよ、オメーは!」
えっ!?
「いつもいつも…ったく」
この声…
「阿部君っ!?」
消えてなかったんだ!
慌てて辺りを見回すけど、誰もいない。
「ここだよっ!」
「えっ!?」
阿部君の声はオレの足元から聞こえて来た。
よく見ると、抜け殻の中がこんもりと膨らんでいる。
オレは急いで服を掻き分けた。
でもそこに阿部君の姿は無く、犬がちんまりと座っていた。
全身真っ黒な毛に覆われていて、こっちを睨んでいる。
い、犬…犬だ…犬―――っ!
「―――ひ」
オレは声にならずに竦み上がった。
「怯えてんじゃねーよ」
い、犬が…しゃべった…
「オレだよ」
え!?この声…は間違いなく。
「阿部君!?」
「…おー」
犬は阿部君の声で不機嫌そうに唸った。
「ホントに…ホントの阿部君!?」
「そー言ってんだろーが!」
「う、ひッ」
犬の、さらに怒鳴られたことに再び竦み上がった。
「え、と…なんで…え、と…」
オレは必死に頭ん中を巡らせる。
「こっちが聞きてーよ」
阿部君の犬は前足で頭を掻き毟る。
「―――ったく、なんなんだよ、いったい!どうなってんだよ!これは!」
叫び声にビクッとして硬直したオレを見て、阿部君が「ち」と舌打ちをした。
「あー…オメーに怒ったんじゃねーから」
オレを諭すような静かな声。
「…う、うん…」
…そうだ、阿部君はオレに言ったんじゃない。今、自分が置かれた状況に対して言ったんだ。
でも、なかなか震え止まないオレに、阿部君はイライラしたように、
「オメーに怒ったんじゃねーっつってんだろ!」
また怒られた。
…あれ?この言い方…
本物の、阿部君だ…よね?
「阿部、君…元に戻った、の?」
「はあぁ!?」
「あ、その…」
姿は犬だけど、性格は元の阿部君だ…でも、なんで!?
なんか、頭ん中がぐちゃぐちゃだ。
「ど、どうしよう…阿部君…」
「どうするも何も、なっちまったもんはしょーがねーだろ」
「え?」
…しょうがない…?
す…すごい。
オレならパニックになって死んじゃうかも…
落ち着いた声音で言う阿部君を改めて尊敬した。
「このままじゃ家にも帰れねーから、とりあえずお前んチに泊めろよ?」
「…う?」
「ったりめーだろ!こんなんで家に帰れるかよ!」
…確かに。
「うん」
しっかりと頷くと、阿部君は服から一歩踏み出した。
「落ち着いて元に戻る方法を探すしかねーな」
―――そうだ。
こうなったには原因があるはず。
がんばってそれを見つけなきゃ!
オレは阿部君の抜け殻の服を拾ってチャリの籠に押しこみ、阿部君の後に続いた。