ファンタスティックな恋の行方① 阿部X三橋

 

オレは、犬が苦手だ。

なんで苦手なのかって言うと、やたらと吠えるし、威嚇するし…とにかく存在自体が怖い。

そんなオレに、皆が克服させようとがんばってくれる。

でも。

苦手なものは苦手なん だ…

「ほら~~三橋!怖くないって!撫でてみろよ!」

田島君が今日もけしかけてくる。

「いっ、ひえっ!」

監督の愛犬、アイちゃんがオレをジッと見上げて、田島君に抱きしめられながら尻尾を嬉しそうに振ってる。

「…よしっっ!」

今日こそ、撫でる、ぞっ!

決意を固めて恐る恐る手を伸ばす。

震えるオレの手を田島君とアイちゃんが見つめている。

しかし、なかなか届かない手に焦れたのか、

「ワンッ」とアイちゃんが吠えた。

「う、あっ!」

ビビったオレは、派手に尻餅をついてしまった。

「ぎゃははは!三橋、何やってんだよ~?」

田島君が大笑いをする。アイちゃんも舌を出しながら、笑ってるみたいだ。

と、後ろから声がした。

「おい!大丈夫か?」

ドキッ!

大声だけじゃなく、その声の主に胸が鳴った。

「阿部、君…」

「何やってんだよ。ったく」

呆れながら、阿部君がオレに手を差し伸べてきた。

「ほら」

条件反射でオレは阿部君に手を重ねる。ぐいっと引っ張り立たされ、お尻の辺りを検分される。

「ケガはねーか?」

「う、うん。イタく ない!」

「気ィつけろよ、ったく」

「…うん」

頷くと、阿部君は田島君の方を向いて怒鳴った。

「田島も!毎日毎日、いーかげんにしろよ!こいつが指でも噛まれたらどーすんだよ!」

「え~?噛まねーよ、な?アイちゃん?」

田島君がアイちゃんに向かって笑うと、「ワンッ」と吠えて次の瞬間。

阿部君の足にガブッと噛みついた。

「痛ッ!」

「あ、阿部く…」

「何しやがる!オメ―はっ!」

阿部君がアイちゃんの頭をウメボシした。

アイちゃんはビクッとして足から口を放すと、阿部君を威嚇するように唸り始めた。

「う~~~~~っ!」

阿部君も負けじと応戦している。

「なんかバトルが始まったぞ」

田島君が楽しそうに見物している。

オレはそれ所じゃなく、噛まれた阿部君の足が気になった。

「あ、阿部 君、あ、足…」

でもオレの声は聞こえてないみたいだ。

「ぅワンッ!ワンッッ!」アイちゃんが吠えた。

対して阿部君は両手を上に掲げると、『ガアァッ!!!』と咆哮した。

うああああ…こ、怖い…

そう思ったのはオレだけじゃなかったみたいだ。アイちゃんも身を竦ませている。

二、三歩後ずさると、監督の方に逃げて行った。

でも監督は遠くから見ていたのか、アイちゃんは頭をわし掴みにされて怒られている。

「―――ふん」阿部君が鼻で笑った。

「阿部の勝ち―――!」

田島君が手を叩いて阿部君を称える。

「とーぜん」

「でも阿部も悪いぞ」

「何が」

「突然怒鳴るからさ。アイちゃん、自分に言われたのかと思って驚いたんじゃね?」

「でも噛むこたねーだろ?」

「う――ん、それもそーだけどー」

「どっちが上か解らせねーと、つけあがる」

「なるほどー。動物の世界か」

「人間も一緒だろ?」

「そっか――」

田島君が感心したように納得している。

二人の会話を聞きつつ、ハッとした。

阿部君の膝の上、アイちゃんに噛まれたとこにジンワリと血が滲んでいた。

「あ!阿部君…!」

「あん?」

「あ、足…」

「おっと」

阿部君はしゃがんでサポーターを取り、練習着のズボンをたくし上げた。

「うおっ!歯形がくっきり!」田島君が叫ぶ。

阿部君のモモの内側に点々と噛み跡がある。

「もちっと上だったら危なかったなあ」

「なに面白がってんだよ?」

ニヒヒ、と笑う田島君を阿部君が睨んだ。

「だ、だいじょうぶ…?」

これでキャッチングに支障をきたしたりしたら…

「たいして痛くねーよ」

青くなったオレに、阿部君はあっさりと言って、ズボンを元に戻した。

「ごめん!ウチの犬が…」

監督が慌ててこっちに向かって来ていた。

「あ、大丈夫ですよ。あいつも手加減していたみたいですし、かすり傷程度です」

「―――そう」

監督はホッとしたみたいだ。

「一応、狂犬病予防の注射はしてるけど、念の為に病院行っとく?」

「そこまでしなくても大丈夫ですよ」

「そお?でも傷の手当てはしておきましょう。ばい菌が入ったら大変だし。―――三橋君」

「は、はいっ!」

「保健室に連れてったげて」

「―――は…」

返事しようとしたら、阿部君に遮られた。

「あの、マネージャーは」

「千代ちゃんは今忙しいの。三橋君よろしく」

「は…はいっ!」

「…あい~」

阿部君はなんとなく不機嫌そうに返事してた。

た、頼まれた…がんばる、ぞっ!

 

チャリに2ケツして校舎を目指す。

保健室に一番近い入り口の所で阿部君を下ろした。

「おーサンキュー。もう戻っていいぞ。投球練習ならオレがいなくても出来るだろ?」

え?

「で、でも…」

傷のこと気になるし…

結果も解らずにオレ一人で戻ったりしたら…

「カン トクに、怒られ る…」

ボソボソと言うと、阿部君はアゴに手を当てて、「う~ん」と唸った。

「…しゃーねーな。じゃ、オメ―も来いよ」

阿部君は面倒くさそうにそう言って、踵を返すと校舎の中へ入って行った。

オレはチャリを急いで停めて鍵をかけ、阿部君の後ろを追い駆けた。

 

「すいませーん」

声をかけながら阿部君が保健室の扉を開ける。でも、返事がなかった。

先生は出かけてるのかな?

「出かけてるみたいだな」

阿部君が呟いた。

う、おッ!

驚いたオレに阿部君が訝しむ。

「…?なんだよ?」

「…いえ、べつに」

―――オレの考えたこと読まれたのかと思った。

「先生、呼んでくる よ」

出て行こうとすると阿部君に止められた。

「ああ、いい。自分で出来る。すぐ練習に戻んなきゃな」

言いながらなんか戸棚を開けたりしてる。

…いいのかな、勝手に扱っても。

阿部君は目当ての物を見つけたらしい、箱を持ってベッドの方へ移動した。オレも後に続く。

ベッドにドカリと座り、靴を脱いで片足を上げると、ズボンを捲くった。

なんか傷のところが青くなってる。

オレは近くで見ようと、阿部君の足に顔を寄せた。

これ、けっこう深いんじゃ…

「頭、ジャマ」

「あ、ゴメ…」慌てて頭を引っ込める。

阿部くんの持っていたのは絆創膏の箱だった。袋を開けて傷の上に貼ろうとしている。

「あ、…!」

「うん?」

「消毒…」

「大丈夫だろ?見た目ほど痛みはねーし。監督も狂犬病予防の注射してるって言ってただろ?」

「でも…ばい菌入ったら…」

そう言うと、阿部君はニヤリとしてオレの方に足を近付けてきた。

「知ってっか?人間の唾液って、世界で一番殺菌能力あるらしいぜ」

「え?」

唾液って…つまり…

そ か!

阿部君は、オレに消毒しろって 言ってるんだ!

オレはその足の傷に口を寄せて、ぺロリと舐めた。

うあ、なんか鉄の味…

「うあッ!」阿部君の叫ぶ声。

「冗談に決まってんだろ!ホントに舐めんなよ!」

う、え…冗談???

阿部君は急いでベッドを降りて洗面所に向かい、靴下を脱ぐと、そこに足を上げて傷口を洗い始めた。

蛇口から出る水が勢いよすぎて周囲に水が飛び散ってる。

ゴシゴシと入念に洗いながら怒られてしまった。

「人間の口ん中は雑菌がいっぱいなんだよ!」

「え!!」

その言葉にガクゼンとした。

…オレの口の中、雑菌だらけ?

ど、どうしよう…

阿部君の足になんかあったら…

「ご、ごめ、オレ…」

オロオロと謝ると、阿部君はフイに手を止めてこっちを振り向いた。

軽く溜め息を吐いて、眉を寄せる。

「―――いや、オレも悪かった」

そう言うとまた顔を戻して足を洗っている。と、阿部君が急に手を止めた。

終わったのかな?

でも水を流したまま、足を凝視している。

「…阿部 君?」

やっぱり、オレの雑菌が…び、病院に行った方がいいのかもしんない。

もし阿部君の足がひどくなって、キャッチャーやれなくなってしまったら…オレ、どうしたら…

「三橋ィ!」

びくうっ!

「は、はいっ!」

「ちょっと来い!」

うわわ…やっぱり、傷がひどくなったんだ。

「は、はいぃっ…」

阿部君の剣幕にオレはピュッと駆け寄った。

「あ、阿部君、ゴメンナサイッ…」

「…これ、見ろ」

でも阿部君の声は冷静なものだった。

「え?」

水道の蛇口を止めて、傷口を見るよう指を差される。

「う?」

あ、あれ?なんかさっきより傷が減ったような…

「―――」

阿部君は無言でその傷を見つめてる。

「…汚れて たの かな?」

オレが問いかけると、阿部君は低い声で言った。

「そこのタオル取ってくれ」

「あ、うん」

ちょっと離れたとこにぶら下がっているタオルを手渡した。

阿部君はムッとしたままだ。

なんか、怒ってる…んじゃなさそうだ。最近は阿部君の空気が解るようになってきた。

このカンジはなにか考えてる、だな。

でも、傷が大したことなくて良かった。痛くないって、ホントだったんだ。

オレはホッと胸を撫で下ろした。

足を拭き終わった阿部君はスタスタとベッドに移動し、今度は上に乗り上がると胡坐をかいて座った。

「三橋、ちょっと」

オレを手招きすると、ベッドの上を指差す。

「ここ座れ」

「え?」

な、なんで??

「早くしろ」

阿部君がイラついたように睨んでいる。

「う、うん…」

な、なんだろ、急に…やっぱり怒られるのかな…

ドキドキしながら靴を脱いでベッドに乗り上がると、阿部君と向かい合わせる形で座る。

阿部君は大きく足を広げて、お尻をずらしながらオレに近づいた。

傷がある方の足を膝立てて、オレに向ける。

な、なに…?

「もっかい、舐めてみてくれ」

「え?!」

だ、だって、さっきオレの口の中は雑菌だらけだって…イッショケンメイ洗ってたのに。な、なんで…

グルグル考えていると、阿部君の一喝が降ってきた。

「いーから!」

ひえッ!

飛びあがるオレに阿部君は一拍置いて鋭く言った。

「確認したいことあんだよ」

「え、カク ニン?」

「ああ」

「…わ かった」

なんか分かんないけど、さっきみたいにすればいいんだよね。

オレは阿部君の足の間に四つん這いになるようにして、内モモの傷に顔を寄せた。

ソロソロと舌を伸ばし、チロッと舐めてみる。阿部君の足がピクッと揺れ、「ぐはっ!」と声がした。

「くすぐってーよ!」

「ご、ごめ…」

「いーから、思い切って舐めろよ」

…思い切ってって…こーかな?

舌を思いっきり伸ばして、ベロリンと舐めた。

「うひゃひゃ」またくすぐったがってる。

ソロソロと上目で伺い見ると、阿部君は肩を揺らして必死にガマンしていた。

「つ、続けろよ」

だいじょぶなのかな?雑菌がいっぱいなのに…でも、阿部君本人がやれって言ってるし。

オレは続けて傷を舐めた。

な、なんかヘンなカンジ…こんなとこで、こんなことして…

―――あ、あれ?

動きを止めて傷を見ると、最初に舐めた所がみるみる塞がっていく。

「あ、阿部 君…キズ、が…」

二人でそれを凝視した。

さっきまであった噛み傷は、まるで最初から何もなかったように、全部、消えた。

「…やっぱりな」

「やっぱりって…」

お互いの目を見合わせて沈黙する。

「オ、オレ…!」

なんで、なんで、なんで???

「お前、なんか能力あんじゃねえ?」

阿部君がニヤリと笑う。

そ、そんなの、今まで…ブンブンと首を振ると、

「だよな」

阿部君が頷いた。

「まーいーや」

言いながらズボンを元に戻している。

い、いーの!?

なんかヘンじゃない??

ボー然としているオレに阿部君が笑った。

「さ、練習戻ろうぜ」

「う、うん…」

腑に落ちないまま、ベッドを降りて靴に足を突っ込む。

すると。

「あ、履かせてやるよ」

え!?!?

阿部君はしゃがんでオレの靴紐を解き、丁寧に結び直した。

ちょ、ちょっと…

なんか阿部君がおかしい。

「キツくねーか?」

顔を上げて優しく聞いてくる。

「う、うん…」

なんか…

「ほら」

今度はオレに手を伸ばす。

ほとんど無意識に手を重ねると、これまた優しく立たせてくれた。

なんか、やっぱ、ヘンだよ…

「阿部君…どうしたの?」

「どうしたって、何が?」

心なしか言い方が柔らかい。

さっきの傷の治り方もヘンだったし…

「なにがって…」

戸惑うオレを見て、

「ヘンな三橋」

阿部君は今まで見たこともないような笑顔を見せた。

へ、ヘンは…阿部君の方だよ?

でも、口に出せない。

 

その後も阿部君はおかしかった。

 

1500M走で、あの田島君に勝ったのだ。

悔しがる田島君に向かって、

「いやあ、たまたまだよ」

と、歯をキラリと光らせて爽やかに笑っていた。

監督のノックも、人間離れした跳躍力でキャッチしてる。

他の練習も阿部君がダントツで一位だ。

阿部君に何が起こったんだろう。

今まで眠っていた能力が引き出されたんだろうか。

それはとても良いことだけど、でもこんなに急にはおかしい。

しかも。

一番おかしいのは、オレが何をやっても怒ったりせずにただニコニコと笑っていることだった。

いつもならウメボシをされるのに…

優しい阿部君は嫌いじゃない。

むしろ嬉しい。

でも、こんな阿部君は、居心地が悪い。

…やっぱり、オレが傷を舐めたセイで、阿部君がおかしくなってしまったんだ。

オレの雑菌が阿部君をヘンにしちゃったんだ…

どうしよう…どうしたらいいんだろう…

 

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